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会沢正志斎(あいざわせいしさい)

生没 1782.5.25~1863.7.14 江戸後期の儒学者。常陸国水戸藩士。父は恭敬。名は安(やすし),字は伯民,通称は恒蔵。正志斎は号。水戸生れ。藤田幽谷(ゆうこく)に儒学を学び,彰考館で「大日本史」編纂に従事。23歳で徳川斉昭(なりあき)ら諸公子の侍読となる。1824年(文政7)藩領へのイギリス人船員上陸に遭遇し対外的危機感を深め,翌年「新論」を著して国体神学にもとづく富国強兵論と民心統合策を体系的に提示。29年藩主の継嗣問題では斉昭擁立派として活躍。藩主斉昭のもとで郡奉行・彰考館総裁を歴任し,藩校弘道館の初代総教(教授頭取)にも就任。尊王攘夷思想の体系的提唱者として幕末の志士に影響を与えた。58年(安政5)の戊午(ぼご)の密勅をめぐる藩内対立では,鎮派として尊攘激派の武力弾圧を主張した。著書「下学邇言(かがくじげん)」。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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