1. 相模国(さがみのくに)

相模国(さがみのくに)

東海道の国。現在の神奈川県西部。「延喜式」の等級は上国。「和名抄」では足上(あしのかみ)・足下(あしのしも)・余綾(よろき)・大住(おおすみ)・愛甲(あゆかわ)・高座(たかくら)・鎌倉・御浦(みうら)の8郡からなる。国府は高座郡(現,海老名市),足下郡(現,小田原市),大住郡(現,伊勢原市など)など諸説があるが,鎌倉初期には余綾郡(現,大磯町)に移転したらしい。国分寺は高座郡(現,海老名市)と,足下郡(現,小田原市)の千代廃寺に比定する2説がある。一宮は寒川神社(現,寒川町)。「和名抄」所載田数は1万1236町余。「延喜式」では調庸は各種の綾・布帛で,中男作物として紙・紅花・茜・鰒(あわび)・堅魚(かつお)など。駿河国との境の足柄(あしがら)坂は交通の要所で,坂東の地名の由来ともなった。平安後期には大庭・梶原・三浦氏らが勃興した。源頼朝は挙兵後幕府を開き,鎌倉はその中心地として栄えた。三浦氏が守護をつとめたが,同氏滅亡後守護はおかれなかった。室町中期には鎌倉公方がおかれ,関東を管轄した。戦国期には後北条氏が小田原に本拠を構えたが,豊臣秀吉に滅ぼされた。江戸時代は小田原藩領以外はすべて幕領と旗本領。1868年(明治元)横浜に神奈川県がおかれ,71年神奈川県と足柄県が成立。76年足柄県は神奈川県に合併。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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