1. 封建制(ほうけんせい)

封建制(ほうけんせい)

①〔ヨーロッパ〕feudalism[英]広義には,農奴制を基礎とする西欧中世の社会制度を意味し,狭義には,中世社会において主君と家臣の間に取り結ばれた法的関係をさす。西欧中世では,ゲルマン起源の従士制と,ローマ起源の主君の家臣に対する封土授与の関係である恩貸地(おんたいち)制が結びついた制度として理解される。両者の結びつきは,フランクのメロヴィング朝時代からみられ,カロリング朝時代に主従関係の原則が確立されたと考えられる。西欧中世の主従関係においては,主君は戦時には戦いの指揮をとり,家臣(従士)は主君に従って従軍し,忠誠を尽くすことが期待された。また主君は,家臣に所領(恩貸地)を封(フィエフ)として分け与えて給養した。主従関係は,したがって主君の側の家臣に対する保護・愛顧と,家臣の側の主君に対する軍役奉仕・助言という双務的関係にもとづいていた。主君のなかで頂点に立つ国王は,多数の家臣(諸侯,騎士)を抱え,それぞれに所領を認めた。諸侯は王に対しては忠誠を誓う一方,彼らの所領内の農民を領主権にもとづいて支配した。制度としての封建的階層秩序の確立期は,11世紀半ば頃に求められる。主従関係を結ぶ契約は,臣従礼(オマージュ)と呼ばれる象徴的な儀礼であった。臣従礼の儀式は,8世紀末にはその原型が現れ,11世紀頃に確立された。それは託身と忠誠を示す言葉と象徴的身振りによる三つの手続きからなっていた。家臣となる者は,まず主君の前にひざまずき,「あなたの家臣となる」旨を口頭で述べた。主君は,その者の差し出した両手を彼の両手で包み込み(コメンダチオ),その者に平和の接吻を与える。続いて家臣となる者から主君に対して,忠誠の誓約が聖遺物や聖書にかけてなされる。そして主君から家臣となる者に封(土地)の授与が,それを象徴する小枝や土塊の手渡しによってなされ,主従関係の儀式は完結した。家臣は,そうした主従関係を同時に複数の主君と取り交わすことができた。主君と家臣の関係は双務契約であり,どちらか一方の側に契約不履行があれば,短期間で解消されえたのである。この点は家臣は「二君にまみえず」を原則とした日本の封建制とは異なっていたといえる。
②〔中国〕殷(いん)を滅ぼした周は新しく支配下に入った地方に,王族,功臣,土豪を諸侯として封じた。諸侯は封邑(ほうゆう)の大小,周との血縁関係,家柄などに応じて公,侯,伯,子,男の5等に分かれ,その数は周初に約1800あったという。彼らは周に貢納・軍事援助の義務があった。また周王および諸侯のもとには卿(けい)・大夫(たいふ)・士(し)など直属の家臣団があり,采邑(さいゆう)を支給され,直接の主人に忠誠を尽くす義務があった。これらの血縁・身分関係を支えるために宗法(同族結合制度)があった。周代封建制度は西欧中世のフューダリズム(feudalism)と本質的には異なっており,契約の概念はなく,多分に氏族制的色彩を有する。この制度は西周時代には維持されていたらしいが,封建制度に内在している分裂的傾向が周の東遷以後顕在化して崩壊した。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)

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