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カトリック

Catholic ギリシア語のカトリコス(katholikos=普遍的)にもとづく。「カトリック教会」という表現は,1世紀にすでに見出される。ローマ帝国の迫害や異教,異端との論争の試練に耐えて,ローマ教会の地位はしだいに強化され,コンスタンティヌス大帝のキリスト教公認後一層発展した。特にテオドシウス1世はカトリック教会を国教とし,ローマ司教は使徒ペテロの後継者として教皇の称号をとるようになり,ローマ・カトリック主義が実現した。ローマ帝国の解体後ゲルマン民族を教化し,カール大帝の戴冠によるキリスト教的ローマ帝国の復興を演出した。他方,コンスタンティノープルを中心とするギリシア正教会とは,教会政治と教義の点で対立し,ついに1054年,ギリシア正教会はまったく分離してしまった。そこで教皇は新たにドイツ皇帝に保護者を見出したが,それはやがて教権の確立への過程で帝権との対立を招き,教皇グレゴリウス7世と皇帝ハインリヒ4世との対決を頂点とする叙任権闘争が展開された。教会は聖職の叙任権を確保するとともに,聖職者の独身制と聖職売買の禁止を宣明した。インノケンティウス3世に至って教皇権は頂点に達した。托鉢(たくはつ)修道会と修道院,スコラ哲学,ゴシック芸術などが生み出された。しかし13世紀半ば,教皇権の凋落は決定的となった。ルネサンス時代には教皇や教会もヒューマニズムや美術の保護者となったが,フッガー家やメディチ家などの前期的資本家への経済的依存も加わった。ついにサン・ピエトロ大聖堂改築のための贖宥状(しょくゆうじょう)販売に端を発して,ルターによる宗教改革の烽火(のろし)があげられ,ドイツ,スイス,オランダ,イギリスおよび北欧の大部分は新教(プロテスタント)国となったが,これに対処した反宗教改革と宗教戦争をへて,フランス,イタリア,南ドイツ,ポーランド,ハンガリー,スペイン,ポルトガルなどは旧教(カトリック)国として存続,さらにイエズス会などの東アジアや中南米への海外宣教活動が推進された。カトリック教会は,今日なお全世界に約8億の信者を持っており,ギリシア正教や新教との教会再一致運動にも熱意を示している。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)

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