1. 明(みん)

明(みん)

Ming 1368~1644 モンゴル民族の元朝を漠北に退け,中国を統一した漢民族の王朝。17代277年継続。始祖は朱元璋(しゅげんしょう)すなわち太祖洪武帝。今の南京で即位。江南を拠地に中国統一に成功した最初の王朝でもある。洪武帝は官制,律令,里甲制,衛所制,賦役制など,政治,軍事,財政を整えて皇帝独裁の支配体制を確立し,王朝の基礎を築いた。ついで靖難(せいなん)の変後即位した3代永楽帝は,漠北親征,鄭和(ていわ)の南海巡航など異例の壮挙をなし,都を北京に移し,北に長城を築くなど,勢威を外に示した。しかし明初の盛時も,その後は宦官(かんがん)の台頭などで内からゆらぎ,外はオイラト,タタル(韃靼(だったん))などの侵入,倭寇(わこう)の再燃など,いわゆる北虜南倭(ほくりょなんわ)に苦しみ,農民反乱の続発もあって,特に16世紀以後衰えた。もとより万暦(ばんれき)帝を助けた張居正(ちょうきょせい)の善政なども一時的にはあったが,結局,宦官の専横,万暦三大征などによる財政困難,それに伴う反乱の続発を招き,1644年李自成(りじせい)に首都を攻略されて滅びた。明代には農業生産力が回復し,江南を中心に綿業などの手工業も盛んとなり,商業も発達して都市には会館,公所なども設立された。またヨーロッパ人との交易が盛んになり,銀が一般に流通するようになって,税制も一条鞭法(いちじょうべんぽう)に改められるなど,経済は大きく変化し始めた。経済の発展は社会的変化をも招来し,貧富の差など社会矛盾をはなはだしくし,階級闘争を激化させた。こうした事情から明末清初は転換期として注目される。学問では朱子学が重視されたが,中期には社会の変化を反映した陽明学が現れ対立した。また経世実用の学が発達し,『農政全書』『天工開物』など多くの実用書がつくられた。庶民文化としては,小説が盛んにつくられ,その他美術工芸も発達した。また『永楽大典』『四書大全』ほかの官撰の編纂事業も行われ,宣教師による西洋学術の紹介もみられた。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)

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