1. 用語
  2. 日本史 -あ-
  3. 足利義晴(あしかがよしはる)

足利義晴(あしかがよしはる)

生没 1511.3.5~50.5.4 室町幕府の12代将軍(1521.12.25~46.12.20)。11代義澄の長子。法名万松院曄山道照。従三位権大納言・贈従一位左大臣。近江国岡山城で生まれ,播磨国守護赤松義村のもとで養育された。1521年(大永元)将軍義稙(よしたね)の淡路への出奔後,播磨から細川高国に迎えられて将軍となる。27年,高国が桂川の戦で敗れると,近江国坂本へのがれた。翌年,足利義維(よしつな)を擁して京都を支配した細川晴元との和議をはかるが失敗,同国朽木(くつき)へ移る。34年(天文3)晴元と和して京都へ帰還。将軍職を長子義輝に譲った翌47年,晴元と同氏綱の争いで氏綱に与したため,晴元により坂本へ追われた。翌年晴元と和し帰京するが,49年晴元が三好長慶に背かれて敗れ,またも坂本へ逃走。翌年近江国穴太(あのう)に移り,同地で病没。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

この記事が気に入ったらいいね!しよう