足利義氏(あしかがよしうじ)
生没 1541?~83.1.21 最後の古河公方(こがくぼう)。父は晴氏,母は北条氏綱の女芳春院。幼名梅千代王丸。法名香雲院長山周善。従四位下右兵衛佐。1552年(天文21)後北条(ごほうじょう)氏の意向で嫡子(異母兄)藤氏(ふじうじ)を差しおいて家督をつぐ。晴氏が後北条氏に幽閉されると,母とともに鎌倉葛西ケ谷(かさいがやつ)に移った。その後,後北条氏の庇護をうけて下総国関宿(せきやど)などを転々としたが,69年(永禄12)頃古河に復帰,死没まで在城した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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