古河市兵衛(ふるかわいちべえ)
生没 1832.3.16~1903.4.5 明治期の実業家・鉱業家。京都岡崎の商人木村長右衛門の次男。小野組糸店の手代古河太郎左衛門の養子になり古河市兵衛を名のる。小野組に勤め,生糸貿易でその才能をみせたが,小野組が破産したため独立。渋沢栄一らの援助で鉱山経営にのりだし,1877年(明治10)足尾銅山を取得すると積極的に洋式技術を導入し,日本最大の銅山に育てた。官営の院内・阿仁両鉱山の払下げをうけるなど鉱山業を拡大し,銅山王とよばれた。しかし足尾銅山鉱毒事件をひきおこし,経営が難局を迎えるなかで没した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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