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班田収授の法(はんでんしゅうじゅのほう)

律令制下における田地の班給制度。田令に規定され,6歳以上の男子1人に2段,同女子1人に1段120歩(家人・私奴婢にはそれぞれ3分の1)を支給し,終身用益(死後に収公)を認めるもの。唐の均田法にならったものだが,唐では良民成年男子のみを対象とするなど違いもある。正史での初見は646年(大化2)の改新の詔であるが,692年(持統6)の班田が実施の最初とみてよい。班田収授は6年ごとに行われる造籍と校田(こうでん)をもとに実施された。法のうえでは11月上旬から翌年5月末までに戸籍を,農繁期が終わる10月中に校田帳・班田授口帳を作成し,その翌年2月末までに班田を行う仕組みであったが,校田は1カ月では不可能で,実際には2年間で造籍,次の2年間で班田,あしかけ4年を費やした。班年には国司または班田使が死亡者の口分田(くぶんでん)を収め,新たに受田資格をえた男女に給田するが,実際には戸ごとにまとめて戸主に支給した。班田の結果は田図・田籍に記録され中央に報告された。しかし9世紀になると,墾田の増加による校田の困難化や偽籍の増大によって6年ごとの班田は不可能となり,一紀(12年)一班の制が行われたが,やがて廃絶した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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