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畠山政長(はたけやままさなが)

生没 1442~93.閏4.25 室町中期~戦国期の武将。持国の弟持富の子。弥二郎。尾張守・左衛門督。1459年(長禄3)持国の子義就(よしなり)と家督を争っていた兄弥三郎の死後,かわって家臣に擁立された。翌年細川勝元などの後援で家督をつぎ,64年(寛正5)管領に就任。66年(文正元)義就が山名宗全を頼り入京すると,管領を罷免され,翌年上御霊社で義就に敗北。これを契機に応仁・文明の乱が勃発し,東軍方の政長は将軍足利義政から家督を認められる。乱後管領となるが,河内を義就に奪われ,山城の国一揆で山城を退却。このため義就の子基家の討伐を将軍足利義稙(よしたね)に要請,93年(明応2)義稙とともに河内へ出陣するが,細川政元に同国正覚寺城を攻囲されて自害。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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