白鳳文化(はくほうぶんか)
7世紀後半を中心とする時期の文化。飛鳥文化と天平文化の間の時期を対象とする美術史の時代区分による。ただし法隆寺西院伽藍における飛鳥様式の存在,薬師寺の東塔・金堂薬師三尊像の成立年代の理解などにより白鳳文化の理解はかわる。7世紀後半には,朝鮮諸国を媒介にうけついだ中国の六朝(りくちょう)文化と朝鮮諸国の文化を基礎とした飛鳥文化のうえに,7世紀前半から摂取を始めた隋・初唐の文化が展開した。この時期には,律令法摂取の試みに現れるような国家制度の整備が進められ,法隆寺・川原寺・大官大寺などの寺院,前期難波宮・飛鳥浄御原宮(きよみはらのみや)・藤原宮などの宮都が造立された。法隆寺西院伽藍の建築,法隆寺の伝橘夫人念持仏・同厨子(ずし),夢違(ゆめちがい)観音像,法隆寺金堂壁画,高松塚古墳壁画などの美術工芸品が残る。「古事記」「日本書紀」の述作の開始,「懐風藻」に採録された漢詩,柿本人麻呂らの和歌など文学作品もうみだされるようになった。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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