憲政本党(けんせいほんとう)
明治後期の政党。1898年(明治31)11月成立。同年10月第1次大隈内閣の崩壊にともない与党憲政党のうち旧自由党系だけで憲政党を解散,新たに同名の憲政党を組織したため,残された旧進歩党系が憲政本党を結成した。結党時の議席数は123で憲政党を上回っていたが,尾崎行雄らの立憲政友会入りや第15議会での増税反対派の脱党などで弱体化。日露戦後になると非政友大合同と官僚閥への接近をめざす大石正巳(まさみ)らの改革派と,民党主義を維持しようとする犬養毅(いぬかいつよし)らの非改革派との対立が顕在化。1909年,第26議会を前に両派の妥協が一応成立,翌年3月,又新会(ゆうしんかい)・無名会などと合同して立憲国民党を結成。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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