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空也(くうや)

生没 903~972.9.11 「こうや」とも。弘也・市聖(いちのひじり)・阿弥陀聖とも。平安中期の念仏聖。醍醐天皇の皇子などと伝えるが不詳。諸国を巡って道路開設・架橋・死骸火葬を行い,20余歳で尾張国国分寺で出家,空也と自称した。938年(天慶元)入京し,市中の民衆に狂躁的な口称(くしょう)念仏を広めた。948年(天暦2)比叡山延昌(えんしょう)のもとで受戒したが,戒名の光勝(こうしょう)はみずからは用いなかった。以後貴族層にも教化活動を広げ,貴賤に勧進して観音像・天部像の造立や経典書写を行った。963年(応和3)の13年間を費やした金泥(きんでい)の「大般若経(だいはんにゃきょう)」完成供養には,左大臣藤原実頼(さねより)以下多くの貴賤が結縁した。またこの頃流行した悪疫の鎮静を祈って東山に西光寺(六波羅蜜寺(ろくはらみつじ))を創建し,同寺で没した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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