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陸奥国(むつのくに)

東山道の国。現在の福島・宮城・岩手・青森県と秋田県の一部。「延喜式」の等級は大国。「和名抄」では白河・磐瀬・会津・大沼・耶麻(やま)・安積(あさか)・安達・信夫(しのぶ)・菊多・磐城・標葉(しば)・行方(なめかた)・宇多(以上現,福島県),刈田(かった)・柴田・名取・伊具(いぐ)・亘理(わたり)・宮城・黒川・賀美・色麻(しかま)・玉造・志太・栗原・新田・長岡・小田・遠田・登米(とよめ)・牡鹿(おしか)・桃生(ものう)(以上現,宮城県),気仙(けせん)・磐井(いわい)・江刺(えさし)・胆沢(いさわ)(以上現,岩手県)の36郡からなる。8世紀初めに多賀城(たがじょう)(現,宮城県多賀城市)が造営され,ここに国府・鎮守府がおかれた。鎮守府はのち胆沢城(現,岩手県奥州市水沢区)に移転。国分寺・国分尼寺は宮城郡(現,宮城県仙台市)におかれた。一宮は塩竈(しおがま)神社(現,宮城県塩竈市)といわれる。「和名抄」所載田数は5万1440町余。「延喜式」では調庸は布・米など。古くは道奥(みちのおく)国といわれ,676年(天武5)に陸奥国とみえる。718年(養老2)に石城(いわき)国・石背(いわせ)国を分立したが,まもなく再併合した。律令政府は以後も蝦夷(えみし)征討と併行して多数の移民を導入し,国域を北へ拡大した。中世には現青森県域まで国域が広がり54郡といわれた。砂金・馬の産地として知られ,平安後期には奥州藤原氏が陸奥・出羽両国を支配した。鎌倉時代には鎌倉将軍家知行国となり,伊沢(留守)氏・葛西氏をおいて支配した。戦国期には伊達(だて)・蘆名(あしな)・南部氏らが栄えた。江戸時代には北に外様,南に譜代大名がおかれ,要所に幕領があった。1868年(明治元)磐城・岩代(いわしろ)・陸前・陸中・陸奥の5国に分割された。分割後の陸奥国は現在の青森県域にあたり,当初は津軽・北・三戸(さんのへ)の3郡が属した。1871年(明治4)7月の廃藩置県により弘前・黒石・斗南(となみ)・七戸・八戸・館の諸県が成立。同年9月5日,これらの諸県を弘前県に合併。同月18日には県庁を青森に移し,青森県と改称した。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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