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日朝貿易(にっちょうぼうえき)

14~19世紀の日本と李氏朝鮮との貿易。14世紀末,朝鮮は倭寇(わこう)の禁圧を日本に求めるかわりに,多様な階層の朝鮮貿易を許可した。そのため足利将軍・守護大名や商人などの使節,受職倭人(じゅしょくわじん)が渡航して貿易を行った。渡航者急増に対処して,朝鮮側は渡航船の寄港地を三浦(さんぽ)に限定し,書契(しょけい)や図書(としょ)の制・歳遣船定約などで通交者を制限した。その際,対馬の宗氏は文引(ぶんいん)の発行権をえて通交統制に重要な役割をはたし,三浦の乱後は朝鮮貿易権を独占した。輸出品は銅・硫黄(いおう)・漆器・屏風などのほか,胡椒(こしょう)・蘇木(そぼく)など東南アジア産のもの。輸入品は米・豆・麻布・木綿や大蔵経・朝鮮本など。文禄・慶長の役で中断したが,徳川家康により国交が回復し,1609年(慶長14)宗義智は朝鮮と己酉(きゆう)約条を結び,以後の外交・貿易の諸実務を府中藩主宗氏が担った。貿易は釜山(ふざん)の倭館で行われた。輸出品は銀・銅や胡椒,輸入品は朝鮮人参や中国産の生糸,牛皮・薬材など。同藩の主要な財源となったが,貿易は長期低落傾向をたどり,藩は財政窮乏に苦しんだ。幕末~明治初期は交流が途絶えがちになり,これを回復しようとした明治政府は拒絶され,征韓論が高まる。1875年(明治8)の江華島事件を機に翌年日朝修好条規を締結,朝鮮は釜山に加え,元山・仁川(じんせん)を開港。日本商人はイギリス製綿製品を中継輸出する一方,安価で米・大豆を大量輸入したため,朝鮮国内は深刻な穀価上昇に悩まされた。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

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