イラン

西アジアのイラン高原を中心とする地域。前8世紀末にメディアが建国され,ついで前6世紀にアケメネス朝が興り,西アジアの広大な地域を支配したが,前4世紀アレクサンドロス大王に滅ぼされ,セレウコス朝,パルティアが前3世紀から約500年間支配した。3世紀からのサーサーン朝期にはゾロアスター教が国教とされ,強勢と高度の文明を誇ったが,7世紀中葉アラブ・ムスリムの征服により崩壊。イラン系の人々はアラブの統治を受けた約2世紀の間にイスラームを受容し,イスラーム文化の発達に多大な貢献をした。9世紀半ば以降サッファール朝,サーマーン朝,ブワイフ朝などのイラン系国家が成立するようになったが,10世紀末からトルコ系のガズナ朝,セルジューク朝の支配下に置かれ,13世紀にはモンゴルの侵入とイル・ハン国の成立をみた。14世紀後半から15世紀には同じくモンゴル系のティムール帝国に支配された。16世紀初頭成立のサファヴィー朝は比較的安定した王朝で,十二イマーム派の国教化など重要な施策を行ったが,18世紀前半に崩壊。アフシャール朝,ザンド朝の支配ののち,18世紀末からトゥルクメン系のカージャール朝が統治したが,この間,英露帝国主義の好餌とされた。1925年に成立したパフラヴィー朝は急激な近代化・西洋化を進めたが,79年のイラン革命によって倒れ,イラン・イスラーム共和国が創設された。なお,国名は1935年,ペルシアからイランに改められた。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)

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