日本軍政(にほんぐんせい)
太平洋戦争中に占領した東南アジアから太平洋諸地域で日本軍の行った一般行政のこと。同盟国のタイおよび1945年3月までフランスと共同統治したインドシナでは行われなかった。当初は陸軍の第14軍(フィリピン),第15軍(ビルマ),第16軍(ジャワ),第25軍(マラヤ,スマトラ)などの司令部内の軍政部が担当した。42年7~8月南方軍総司令部(シンガポール)内に軍政総監部(総参謀長が軍政総監),各軍司令部に軍政監部(参謀長が軍政監)が置かれて(イギリス領ボルネオではボルネオ守備軍の軍政部のまま)行政機構となり,日本人の文官や民間人も動員され体制が整備された。第25軍は43年5月スマトラのみの担当となり,マラヤには馬来(マライ)(のち第29軍)軍政監部が置かれた。43年8月ビルマ,10月フィリピンに形式的独立が与えられると軍政は撤廃され,軍政監部は改組縮小され,おのおの参謀部別班,官吏事業部となった。ジャワ,スマトラ以外のインドネシアとニューギニア方面は海軍が担当し,マカッサルに文官を長官とする海軍民政府を置いた。資源獲得,治安維持,軍の現地自活を軍政の基本目標としたが,占領目的の資源,特に石油の本土輸送は43年後半には困難になった。戦局の悪化とともに経済崩壊の影響は深刻化した。特にフィリピンやマラヤでは当初からゲリラに悩まされた。その他でも過酷な労働力の動員や強引な物資調達は住民の反発を買った。虐殺事件が深い恨みを残していることもある。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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