トルコ共和国(トルコきょうわこく)
首都はアンカラ。1923年10月,共和国宣言とともにケマル・パシャ(アタテュルク)が初代大統領に就任。以後,旧体制の一掃と改革事業の促進など,近代国家の建設に努め,対外的には多角的な友好,中立,不可侵関係を樹立した。38年イノニュが第2代大統領に就任,ケマルの遺志を継いだ。39年ハタイを回復し第二次世界大戦中は局外に立ち,連合国の勝利確定とともに45年2月,対独・日宣戦,サンフランシスコの国連憲章審議会に参加した。52年にはNATO(ナトー)に加入した。一方,民主主義をもとめる世界的な風潮から一党独裁をやめ,与党共和人民党のほかに対立政党を認めて50年5月には民主党政権ができ,ジェラル・バヤルが第3代大統領となり,10年にわたるアドナン・メンデレス内閣が生まれた。60年5月27日,クーデタとともにギュルセル将軍を首席とする国家統一委員会が生まれ,新憲法制定とともに第二共和制に移行した。60年代のトルコは民主党の自由主義的政策のもとに急速な経済発展をとげたが,貧富の差が拡大し左右政党間の対立も激化した。こうした社会背景がイスラーム復興の気運を高め,アタテュルクの掲げた世俗主義の理念を脅かすと,80年には再びクーデタが起こった(83年民政移管)。その後もイスラーム勢力は衰えず政治の不安定要因となっている。一方EU加盟をめざすなど西欧化志向も根強い。 (山川 世界史小辞典(改訂新版), 2011年, 山川出版社)
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