4コマで「潜伏キリシタン」

2018年7月、ユネスコの世界文化遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。潜伏キリシタンの歴史を4コマで振り返ります。

4コマで「潜伏キリシタン」

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バテレン追放令

1587年(天正15)6月19日付で豊臣秀吉が発布した宣教師追放令。日本を神国とし,キリシタンを神社・仏閣を破壊する邪法と規定したうえで,宣教師の日本退去を命じたもの。イエズス会の布教活動に深刻な影響を及ぼしたが,その後も潜伏し活動を続けた宣教師も多い。貿易は許可するとしていたため,実際のキリシタン排除にはあまり効果がなかった。前日付で発布された「覚」とあわせて考えると,豊臣政権は宣教師・キリシタン武士によるキリシタンを媒介とした集団化に,一定の歯止めをかけようとしたと思われる。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、801ページ、2016年、山川出版社

潜伏キリシタン

江戸時代,キリシタン禁制に対して表面的には仏教徒を装いつつ,密かにキリシタンを信仰し続けた人々。コンフラリア(信心会)などの組織のもと集団的に信仰を保持した。この地下組織と共同体との結合が潜伏を可能にしたとする説もあるが,たとえば天草のように同一村内にキリシタンと非キリシタンが混在していた場合もある。このようなキリシタンの潜伏が露顕した事件を「崩れ」といい,大村郡崩れ・豊後崩れ・濃尾崩れ・天草崩れ・浦上崩れが著名である。潜伏キリシタンのなかには,キリシタン禁制の高札撤去(1873)以降も教会に復帰しない人々がいるが,江戸時代の潜伏キリシタンと区別する意味で彼らを隠れキリシタンとよぶ。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、557ページ、2016年、山川出版社

天草四郎(益田時貞)

1623?〜38.2.28
島原の乱の一揆側総大将。通称天草四郎。関ケ原の戦後,肥後国宇土郡江部村に帰農していた小西行長の遺臣益田甚兵衛の子。姉婿の渡辺小左衛門らに「でいうすの再誕」とされ,象徴的存在として一揆を指導。はじめ天草富岡城を攻め,のち島原・天草の一揆勢を統合して肥前国有馬の原城に籠城。幕府軍の攻撃によく耐えたが,3万7000人のキリシタン民衆とともに討死した。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、34ページ、2016年、山川出版社

島原の乱

江戸初期,肥前国島原と肥後国天草の領民による大規模なキリシタン農民の一揆。島原は松倉氏,天草は肥前国唐津藩寺沢氏の領地で,ともに年貢などの収奪強化が進められ,農民からの減免要求と,領主側による過酷な弾圧が続いていた。さらにキリシタンの多かったこの地域の特殊条件が結びつき,反抗と弾圧の関係が宗教的色彩を帯びていた。1637年(寛永14)10月25日頃,島原半島南部の有馬地方の代官殺害事件を発端に農民が蜂起。一揆は天草にも広がり,両地域は一時藩権力不在の状態になった。幕府はただちに上使として板倉重昌を派遣,九州諸藩にも出兵を命じたが,益田時貞を大将に原城にこもる一揆勢の反撃にあい,38年元旦の総攻撃で重昌は戦死した。1月4日に着陣した老中松平信綱は持久戦に変更,一揆勢の消耗を待ち,2月28・29両日の総攻撃で落城させ,内通者以外の一揆勢3万人近くを殺害した。その後の幕府の禁教政策・鎖国政策に大きな影響を与える。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、447ページ、2016年、山川出版社

禁教令

キリスト教を禁止する法令。江戸幕府による慶長17・18年の法令をさす場合が多い。1612年(慶長17)3月21日,幕府は駿府・江戸・京都に禁教令を布告し,教会の破壊と布教の禁止を命じた。これは直轄領に対するものとされているが,諸大名は「国々御法度」として受け止めており,直轄領にのみ限定されたものではない。その後キリシタン弾圧が進行し,13年12月19日(1614年1月28日)には重ねて禁教令が布告され,23日には徳川家康が以心崇伝に命じて起草させた「伴天連追放文」が将軍秀忠の朱印を押して全国に公布された。そして14年(慶長19)宣教師の国外追放と京都・長崎などの教会の破壊が行われ,禁教令は全国的に広まっていった。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、256ページ、2016年、山川出版社

キリシタン

近世日本,あるいは広い意味で当該期の東アジアにおけるカトリック,および信者。吉利支丹・切支丹をあてた。語源は,キリスト教とその信徒をさすポルトガル語のChristão。日本では1549年(天文18)イエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルの伝道に始まる。はじめ好意的に迎えられたが,豊臣政権・江戸幕府により弾圧をうけ,17世紀前期,表面上消滅した。キリシタン禁制のもと,キリシタン民衆のなかには棄教した者も少なくないが,仏教徒を装いつつ潜伏した者も少なからず存在し,しばしば崩れとよばれる露顕事件がおきた。

山川 日本史小辞典(改訂新版)、255ページ、2016年、山川出版社

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