吉野行宮(よしののあんぐう)
南北朝期,現在の奈良県吉野郡吉野山におかれた,南朝の拠点となる仮宮(かりみや)。1336年(建武3・延元元)12月,後醍醐天皇は京都花山院を出て大和国賀名生(あのう)に走り,さらに吉野山に入った。行在所(あんざいしょ)は吉水院,ついで実城(じつじょう)寺。39年(暦応2・延元4)8月,天皇は当地で死去。ついで後村上天皇は同地で践祚(せんそ)するが,各地の行宮を転々とした。次の長慶天皇は摂津国住吉で践祚した後,68年(応安元・正平23)12月,同地に入り,のち河内国天野の金剛寺に移った。南北朝期を通じて吉野に行宮がおかれたのは比較的短い。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)
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