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経営学者に聞く企業の世襲〜ファミリービジネスこそイノベーションを起こし続けられる理由

私たちにとってとても身近で、ときに生活に大きな影響を与えるのが「企業経営の世襲」です。弱肉強食のビジネスで、実力ではなく血筋によってトップが継承されていくことに、不安や違和感を覚えるのはもっともなことです。

しかし、よく調べるとビジネスにこそ世襲のメリットがあることがわかります。「いまこそ企業が“社会の公器”であることが重要です。そうしたファミリービジネスの知恵に、実現するヒントがあります」と熱弁する日本経済大学大学院特任教授の後藤俊夫先生と、静岡県立大学准教授の落合康裕先生にお話を聞きました。

上場企業の50%以上がファミリービジネス。比較すると業績は良好

後藤先生
「ファミリービジネス」とひとくちに言っても、その実態はさまざまです。株式と経営の両方を同族が完全に握っているパターンもあれば、経営への直接的な関与はないものの、株式だけ創業家が所有し影響力を持っていることもあります。私たちはあるファミリーから2名以上、株主または役員として関与している企業をファミリービジネスと定義しています。同時に2名が関与していなくても構いません。

この定義を用いて徹底的に調査した結果を『ファミリービジネス白書』で公表しました。最新版(2018年)によれば、上場企業の52.9%がファミリービジネス。日本の企業全体の中では90%以上、従業員比率にして70%以上がファミリービジネスだと推計しています(サンプル調査による)。

seshu02-01.pngファミリービジネスには、不祥事やお家騒動、または世襲経営者の能力への疑問など、よくないイメージが報道されます。私たちが『ファミリービジネス白書』公刊に踏み切ったのは、知られていない事実があまりにも多いためです。データが開示されている上場企業では、ファミリービジネスは非ファミリービジネスと比較して、業績が良好であることもその一例です。

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ファミリービジネスはなぜ強いのか?

−非ファミリーと比べ、ファミリービジネスの有利なところとはなんでしょうか?

落合先生
企業のトップを世襲した経営者は、自分もまた子孫に継承していくことを意識します。不適正な経営をして、将来に受け継ぐ自社の資産やブランドを毀損すると大変なことになります。血縁によるつながりが、ある意味で世代を超えて経営に真剣に取り組む緊張感を高め、ファミリービジネスならではのスチュワードシップを生み出しているのではないでしょうか。

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ファミリービジネスの経営者は、自分の在任期間だけでなく、将来を見据えて投資を検討します。また、短期的な業績追求だけでなく、従業員や取引先、顧客といったステークホルダーに対する責任を果たそうとします。

特に地域社会との関係は重要です。地域の老舗企業は、地域から原材料を依存し、反対に地域に雇用を提供する等、数世代にわたり相互依存の関係を築いています。故に、企業は長期的に存続するためには、地域のルールを守り地域のステークホルダーとの関係を大切にしていかねばならないのです。

後藤先生
エルメスの五代目経営者のジャン・ルイ・デュマは、次のように語っています。

祖父がこの世によみがえり、孫の背中を叩いて“いい仕事をしたね”と誉めてやること、それこそが満足の確かな証拠なのです(『三代、100年潰れない会社のルール』著・後藤俊夫,2009年,プレジデント社)

この言葉が象徴するように、長期にわたって責任ある経営を担保するには、ファミリービジネスは非常に適した形です。

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イノベーティブでなければ存続できない

後藤先生
もちろん、親や祖父母の七光だけで、経営できるほど甘くはありません。松下幸之助は娘婿に経営を譲りましたが、三代目を孫が継ぐことはありませんでした。本田宗一郎は世襲の難しさをよくわかっていたので、はじめから息子を後継者にしていません。従業員をはじめステークホルダーを納得させられなければ、現代の世襲は成立しません。

その家名にふさわしい能力がなければ、評価も信頼もされません。自分を高める努力をしなければならない緊張関係が、ステークホルダーとの間にあると言えるでしょう。14年ぶりに創業家からトップになったトヨタ自動車の豊田章男さんは、それを常に意識しているように思えます。

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落合先生
ファミリービジネスの後継者を考える際に、「生得的地位」と「獲得的地位」という概念が役立ちます。生得的地位とは血筋であり生まれながらの地位です。例えば徳川将軍家のようなものです。

獲得的地位は自分の実績によって認めさせる地位のことです。後継者は、家業に入社直後、将来の経営者としての資格をもっていますが、実績がないためリーダーシップが発揮しづらいようです。私は、このジレンマを解消する後継者の行動こそが、ファミリービジネスのイノベーションの源泉だと考えています。

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ファミリービジネスのトップと後継者は、親子であり上司・部下です。二重の関係をマネジメントしなければならないのが、ファミリービジネスの難しさであり、強さです。

企業が30年、50年、100年と、長期存続するためには、時代に合った経営行動が求められます。創業者のやり方を続ければよいわけではなく、常にイノベーションを起こし続ける必要があるわけです。経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは、異質なもの同士のぶつかり合いによって、イノベーションが生まれるとしています。

サラリーマンが経営者の価値観に異論を唱えれば、下手をすればキャリアをかけることになりかねません。しかし、ファミリービジネスのトップと後継者は、会社では上司と部下でも、家で食事するときなら親子に戻って言い合うことができます。親子間の気兼ねのない関係、すなわち異質な価値観をぶつけ合える関係こそが、ファミリービジネスには内在しています。

これが、イノベーションの発火装置となります。しかも、親から子、孫へ内燃機関のように受け継がれ、持続するのです。

seshu02-07.png創業100年を超える老舗の90%以上はファミリービジネスなので、保守的なイメージでとらえられがちですが、それは事実ではありません。長期存続するファミリービジネスを研究していると、内実は非常にイノベーティブであることを実感します。

イノベーションを持続させる事業承継

イノベーティブな体質をつくるには、事業承継のやり方にも知恵があるようです。多くの後継者は、いきなり経営の中枢を担うのではなく、まずは関連会社や海外現地法人、新規事業プロジェクトなど周辺部門に配属される傾向があります。

例えば、「のり一筋170年」の山本海苔店の山本貴大さんは、他社に勤務したあと同社に入社。すぐに中国・上海でおにぎり店の開業、ついでシンガポールの新店舗立ち上げを担当しました。いちから取引先をつくり、現地で人を集め、事務所を開くなど、ほとんど一つの事業を立ち上げる取り組みだったそうです。周辺部門なら、年重の経営幹部や長年のしきたりを気にする必要はありません。貴大さんも、仕事はやりやすかったと言っています。反面、現経営者のヒト・モノ・カネ・情報をまったく使えないというネガティブな面もあります。

後継者には次の時代へ向けて、異なる価値観を持ち込み、イノベーティブな行動が求められます。今の常識に縛られない環境で仕事をすることが、事業承継に必要だったのです。周辺部門で実績をあげれば、社員からも一目置かれる存在になります。「獲得的地位」を手にすることができます。やがて、本社の中心部門へ移り、本格的に事業承継の準備を進めていくのです。

新しい経済のヒントが世襲の中に

−世襲にデメリットはないでしょうか? 例えば、実力があってもトップになれない環境で、従業員のモチベーションを保つことは難しいのではないかと……。

落合先生
私は企業の世襲は、日本的な知恵だと考えています。たしかに、創業者のような実力やカリスマ性が、二代目以降にもあるとは限りません。競争を勝ち抜いた人がトップになり、企業を存続させる方法ももちろんありえます。

一方で、必ずしも競争がよいとも言えないでしょう。例えば、はじめから後継者が決まっていれば、社内で不要な争いが起こる可能性を下げられます。ファミリービジネスの従業員はトップになることは多くないのですが、社長になることが会社勤めのゴールとは限りません。トップに能力がなければ、周囲がサポートすればよいのです。いわゆる商家の番頭制度です。

後藤先生
私がファミリービジネスを研究するようになり、驚いた言葉が「非財務的業績」というキーワードです。営利企業において財務以外に業績の指標があるのか?と。

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海外の学会へ行くと、フィナンシャルパフォーマンス(財務的業績)に対し、ノンフィナンシャルパフォーマンス(非財務的業績)というキーワードが、とてもよく使われます。顧客満足度や地域社会への貢献度、家の名声などを指します。

非財務的業績は、企業が自分たちの努力と資本だけでなく、地域社会の中で評価され、愛されることではじめて生まれます。日本のファミリービジネスは、これを理論ではなく経験からの知恵として知っていることに気が付きました。親から子へ、長期存続を第一の目的とするファミリービジネスの生きる道だと。

落合先生
福島県喜多方市の老舗酒造である大和川酒造店は、そのことをよくわかっていました。明治時代、本来、行政が担うべき役割を地域の名士たちが担いました。例えば、民間資本で道路や橋をつくったそうです。

なぜ同社の歴代当主は、行政が行うべき役割を引き受けてきたのでしょうか。同社の酒造りは、地域の資源(米や水)の恩恵なしには考えられません。地域を守っていくことは、結果として将来世代の利益にもつがるからだと考えられます。

同社の先代世代は、「だんなさん」と呼ばれてきました。先代世代が築き上げてきた地域での信用が、現世代の経営者の行動に対して、強烈なガバナンスとして利いているといえるのではないでしょうか。

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後藤先生
おっしゃるとおり世襲は諸刃の剣です。トップが生得的地位にあぐらをかいて、欲に任せた経営をすれば、企業の存続も地域社会への貢献もありえません。それだけに、悪い面を帳消しにするだけの決意と覚悟が求められるでしょう。

今、個人や企業だけでなく社会全体の利益を考える「公益資本主義」というコンセプトが注目されています。20世紀に発展したアメリカ型の金融資本主義へのアンチテーゼです。しかし、日本では数百年前から、近江商人の「三方良し」をはじめ同じような概念があります。担ってきたのは、日本の商家であり、ファミリービジネスです。

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世界的に見ても、競争一辺倒の経済、社会が見直されています。「企業は株主のために存在する」という株主主権論が絶対のように見る向きもありますが、決して普遍的な考え方ではありません。1970年代より前は、従業員や地域社会を含めたステークホルダー主権論が主流でした。

そして、いま金融資本主義も株主主権論も限界を迎え、大きな揺り戻しが来ています。「企業は社会の公器である」との立場を自然に実践してきた日本流経営の良さを見直し、現代に合わせて洗練し、世界に発信していくときです。

編集部まとめ

「和を重んじる」「組織力に優れる」などと日本人の強みが語られます。それがグローバル化したビジネスにも当てはまるかわかりませんが、話をお聞きして興味深かったのは、後藤先生が言う「時間軸のチームワーク」という考え方でした。今を生きる経営者と従業員、あるいは地域社会のつながりは横のチームワーク。ファミリービジネスはさらに、親や先祖そして子や孫と、縦のチームワークが強固です。

seshu02-10.pngすべてにおいてファミリービジネスが優れているとは言えませんが、世襲には社会システムの矛盾を観察し、解消していく上で、貴重な視点が隠されています。

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