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4+1コマで生類憐れみの令|逆引き歴史図鑑

徳川5代将軍・綱吉のときに発令され、その死とともに廃止(一部を除く)された「生類憐れみの令」。民衆の反感を招いた悪法とされてきましたが、近年再評価されつつあるといいます。

逆引き歴史図鑑について
逆引き歴史図鑑は、時代を問わず起こり得る普遍的なテーマを、歴史をヒントに考えるプロジェクトです。出来事の流れを的確に把握し、図解を使って抽象化することでモノゴトの本質に迫ります。

善と悪はぜ

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何を善い(悪い)と考えるかは、個人や生きる社会によって変わります。簡単に正解を出せない価値観のぶつかり合いが、私たちの日常でも、国家レベルでも、さまざまな軋轢を生みます。

時代に合わせて、社会の価値観を変え、政策として実現しようとしたのが「生類憐れみの令」。まずは、4コマで内容と評価をみていきましょう。

4コマで生類憐れみの令

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「生類憐れみの令」をヒントに善と悪を考える

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江戸時代の悪法の代表とされてきた生類憐れみの令は、近年見直しがすすんでいる。犬の愛護はそれまで食犬の風習や野犬公害の多かった江戸とその周辺で推進されてきたが、全国的には捨牛馬の禁止が重視された。また、法の対象は、捨子・行路病人・囚人などの社会的弱者にもおよんでおり、人を含む一切の生類を幕府の庇護下におこうとしたのである。これは殺伐な戦国の遺風を儒教・仏教により払拭することを政治に反映させようとする制作の一環であった。


(新 もういちど読む 山川日本史, 2016年, 山川出版社)

戦国時代には時には親兄弟で殺し合い、争いに勝った者が英雄となりました。人々の考え方は知るよしもありませんが、弱肉強食を当たり前に受け入れる「殺伐」とした空気は、確かにあったのでしょう。

関ヶ原の戦いから80年あまり、価値観は変化して当然です。社会的弱者を保護する「生類憐れみの令」は、対象が人間以外の動物にも及びました。理念としては、現代の私たちも自然に「善い」と受け入れられるのではないでしょうか。

取締や刑罰が行き過ぎたので、これまで悪い法律と考えられてきました。しかし、それも現代までの人が抱く価値観に過ぎません。

今、犬と猫だけでも、日本には1800万頭を越えるペットがいます(一般社団法人日本ペットフード協会)。今後、社会の中でペットの存在が大きくなれば、100年後の日本に「22世紀版生類憐みの令」ができている可能性もあります。

何が善で、何を悪とするのかは、時代や場所、人の都合次第。「生類憐れみの令」がそうであるように、事実の見方によって評価が変わることもあるのです。

今の私たちがみている善と悪が絶対ではなく、思っているより変わりやすいものなのかもしれません。もしみなさんが、異なる価値観の衝突に直面したら、「生類憐れみの令」を思い出してみてはいかがでしょうか?

関連用語

生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)

江戸前期,5代将軍徳川綱吉(つなよし)のときに発令された生類保護に関する幕府法令で,1685年(貞享2)頃からしだいに具体化される。憐みの対象は牛馬・犬・鳥類をはじめあらゆる生類に及んだ。鷹狩・狩猟にも制限が加えられたが,とりわけ犬に関しては細部にわたる規制とともに,野犬収容のための大規模な犬小屋が江戸近郊の四谷・中野・喜多見などに設置された。違反者に対する取締りときびしい処罰が民衆の悪評と反感を招き,これらの諸法令は捨子禁止などごく一部を除き,1709年(宝永6)綱吉の死とともに撤廃された。生類憐みの令は綱吉の個人的恣意として位置づけられてきたが,幕府権力のあり方とその政策的意図からの再評価も試みられている。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

出典:用語集「生類憐みの令(しょうるいあわれみのれい)」

徳川綱吉(とくがわつなよし)

生没 1646.1.8~1709.1.10 江戸幕府5代将軍(在職1680.8.23~1709.1.10)。3代将軍家光の四男。母は側室桂昌院(お玉の方)。幼名徳松。法号常憲院。1661年(寛文元)上野国館林藩主となるが,80年(延宝8)5月4代将軍家綱の後継となり,同年将軍職を継ぐ。前半は大老堀田正俊の補佐で文治政治を推進,賞罰厳明策をとり,儒学を好んで,90年(元禄3)江戸忍岡の聖堂を湯島に移し,翌年林信篤(のぶあつ)を大学頭に任じて朱子学を官学とした。正俊の死後は側用人牧野成貞や柳沢吉保を寵用,生類憐みの令をとったため犬公方(いぬくぼう)とよばれ,勘定奉行荻原重秀による貨幣改鋳などで治政は乱れたが,元禄文化が栄えた。 (山川 日本史小辞典(改訂新版), 2016年, 山川出版社)

出典:用語集「徳川綱吉(とくがわつなよし)」

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