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【歴史の転換期 Vol.8】中国史の移民問題と江南地域

今回は中国における「移民」についてみてみたいと思います。
広大な領域を舞台とする中国史においては、国外からの移民よりも国内における人々の移動が歴史を動かす要因となりました。中国の場合、常に北から南へむかう人の流れがありました。人々がむかった先である長江(揚子江)の南、江南の地に焦点をあててみてみましょう。

北方民族による動乱と移民

紀元前2世紀の前漢時代、華北と江南の人口比は5対1でした。それが、紀元後2世紀、後漢の時代になると、2対1となるほど江南の人口は増えました。貯水池を用いた灌漑農業の開発などにより、農作物の生産量が増加したことが大きな要因です。中心となる都市は現在の南京。漢の滅亡後にこの地を都としたのが、三国志で有名な呉の孫権ですね。呉は三国のなかで最後まで残りましたが、280年、遂に晋に滅ぼされました。3国に分かれていた中国を統一した晋は、黄河流域の洛陽を都としましたが、やがて北方民族の匈奴に滅ぼされて瓦解します。皇族の一人が南へ逃れて南京を都にし、晋を再建しました。それが東晋です。

烏鎮.jpgその東晋が、前回紹介した「淝水の戦い」で秦に勝利したわけですが、この4世紀という時代は華北に北方民族が小国を乱立する時代(五胡十六国)で、その動乱から逃れるべく、多数の人々が南へ逃れてきました。

移民の処遇で機能不全を起こした政府

江南に建国した東晋にとって、華北からの移民をどう処遇するかは大問題でした。難民たちは土地を持っていないため、仮の戸籍に登録され、「僑民」と呼ばれました。今でも「華僑」という語でみられる「僑」という字は「仮住まいする」という意味です。北からの難民たち自身も、華北の動乱が収まったら、故郷へ帰ろうと思っており、土地を与えられなくても不服には思っていませんでした。

しかし、続々と増えてゆく北からの移民に困ったのは東晋政府です。土地を持っていない人からは税金を徴収できないシステムだったので、僑民たちから税金を取ることができず、財政が悪化する一方でした。そこで政府は、僑民に土地を与え、正規の戸籍に移し、徴税の対象としました。華北からの移民に江南の地の戸籍を与えたということは、漢族が拠点を南にも広げたとう点で、中国史の大きな分岐点といえます。

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江南地域にみる「崩壊とイノベーション」

その後、北から移ってきた豪族たちは、江南の地に所有地をどんどん増やしていきます。山林叢沢も北からの豪族により開発されました。彼らは所有地からの生産物を水運によって都へ運び、流通経済を発展させていきました。本来、帝国における土地開発・水利事業・商品の流通といったものは、公権力のもとに行われるべきものでした。しかし、帝国のそうした秩序は、この時代の江南ではもはや維持できませんでした。

帝国の秩序が崩壊する一方で、江南の社会経済は発展するという矛盾が称していたわけです。古代とは違い、この時代は政治と経済はかならずしも国家の両輪として同じ方向に進まなくなったのです。

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現代に通ずる江南の発展

中華帝国として統一をはたし、政治の拠点は華北に戻りますが、その中華の伝統文化は江南の地で育まれた文化が基盤となりました。また、経済活動も江南に重点が置かれました。水田はますます開発され、「江浙熟すれば天下たる」といわれるようになっていったのです。江南の各地の港は、南方との海上貿易の拠点、さらには国際経済の拠点となりました。それは現代における上海、香港などの繁栄が象徴しているでしょう。

前回紹介した淝水の戦いで中国の南北分断が固定化したことで、華北から一時的に避難していたつもりだった漢人が江南の地への定住を余儀なくされ、それが江南開発の原動力となり、政治的中心地が華北に戻ったあとも、文化・経済の中心として、江南が栄えていくことになったわけです。現代の上海や香港の繁栄のもとが4世紀にあると考えると、歴史も面白く感じるでしょう。

詳しくは歴史の転換期2巻「378年 失われた古代帝国の秩序」5章「江南開発と南朝中心の世界秩序の構築」を是非ご覧下さい。

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編集部オススメの「こんな本を一緒に読むと面白い」

井上 祐美子『柳絮』(中公文庫)
淝水の戦いにおける東晋側の武将謝玄の姉であり、書聖王羲之の次男の妻となった女性がその生涯を語るという設定の小説。東晋の名門一族の生活の雰囲気が伝わり面白い。
スライド1.jpg青木正児『江南春』(平凡社、東洋文庫)
内藤湖南や白鳥庫吉らと同世代の東洋学者の記した随筆集。古典文学に通じた碩学が大正期に中国江南を旅行した際の紀行は、在りし日の江南の牧歌的情景が目に浮かぶようです。
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川本芳昭『中華の崩壊と拡大(中国の歴史5)』(講談社)
中国の魏晋南北朝時代は日本の邪馬台国や倭の五王の時代と重なるが、日本を含めた大きな視点で、漢帝国としての中華世界の崩壊と、非漢民族の中華意識の目覚めを描いている。転換期第2巻とあわせて読むことをおすすめします。
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シリーズ:歴史の転換期

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