1. テーマから探す
  2. 生き方(ヒューマンドラマ)
  3. 4コマで織田信長〜すぐわかる戦国武将シリーズ〜

4コマで織田信長〜すぐわかる戦国武将シリーズ〜

「天下布武」を合言葉に、戦乱の時代を大きく転換させた織田信長。1.天下統一を意識するまでの快進撃、2.将軍・足利義昭ら反対勢力との戦い、3.その勝利から明智光秀の謀反、と3つのフェーズにわけるとすっきり理解できそうです。

戦国武将の生涯を振り返るシリーズの第1弾です。

4コマで織田信長

nobunaga02.png nobunaga03.png nobunaga01.png nobunaga04.png

関連用語

織田信長(おだのぶなが)

生没 1534.5.12/28~82.6.2 戦国期~織豊期の武将。父は信秀。幼名吉法師。1546年(天文15)元服。信秀没後,本家の清須(洲)(きよす)・岩倉両織田家を滅ぼし尾張を統一。60年(永禄3)桶狭間(おけはざま)の戦で今川義元を破り…続きを読む

●出典
用語集:織田信長(おだのぶなが)

織田信秀(おだのぶひで)

生没 1511~52?.3.3 戦国期の武将。織田信長の父。尾張国を代表する実力者となり近隣の大名と戦った。尾張国守護代織田氏の一族でその家臣だったが,天文初年自立して那古野城(現,名古屋市)に拠り,以後東の今川氏・西の斎藤氏と戦った…続きを読む

●出典
用語集:<織田信秀(おだのぶひで)/a>

今川義元(いまがわよしもと)

生没 1519~60.5.19 戦国期の東海地方の武将。駿河・遠江・三河にわたる領国を築いた。1536年(天文5)兄遍照光院恵探(えたん)を倒して家督となり(花倉(はなくら)の乱),翌年武田信虎の女婿となった。その直後北条氏綱に駿河…続きを読む

●出典
用語集:<今川義元(いまがわよしもと)/a>

足利義昭(あしかがよしあき)

生没 1537.11.3~97.8.28 室町幕府の15代将軍(1568.10.18~73.7.18)。12代義晴の次男。母は近衛尚通(ひさみち)の女。初名義秋。法名霊陽院昌山道休。従三位権大納言・准三宮。はじめ興福寺一乗院に入室,覚慶(かくけい)と…続きを読む

●出典
用語集:足利義昭(あしかがよしあき)

武田勝頼(たけだかつより)

生没 1546~82.3.11 戦国期~織豊期の武将。武田信玄の子。1565年(永禄8)兄義信の失脚により嗣子となる。73年(天正元)信玄が死に,76年正式に家督となった。この間遠江・三河に進攻したが,75年織田信長・徳川家康軍に大敗…続きを読む

●出典
用語集:武田勝頼(たけだかつより)

斎藤道三(さいとうどうさん)

生没 1494/1504~1556.4.20 戦国期の武将。美濃国稲葉山城(現,岐阜市)城主。実名利政。初名長井規秀。山城の商人から身をおこして一代で美濃国主になったといわれるが,父とみられる西村新左衛門尉は,大永年間すでに美濃で活動している…続きを読む

●出典
用語集:斎藤道三(さいとうどうさん)

室町幕府(むろまちばくふ)

足利尊氏が1336年(建武3・延元元)に開設した武家政権。名目的には15代将軍義昭が織田信長に追放される1573年(天正元)まで続いた。名称は3代義満が本拠を構えた京都室町邸にちなむ。鎌倉幕府にならい諸機関が設置されたが…続きを読む

●出典
用語集:室町幕府(むろまちばくふ)

顕如(けんにょ)

生没 1543.1.6~92.11.24 織豊期の浄土真宗の僧。本願寺11世。幼名は茶々,法名は顕如。諱は光佐(こうさ)。父は10世証如,母は権中納言庭田重親の女。1554年(天文23)得度。59年(永禄2)門跡に列する。70~80年(元亀元~天正8)織田信長と…続きを読む

●出典
用語集:顕如(けんにょ)

明智光秀(あけちみつひで)

生没 ?~1582.6.13 織豊期の武将。十兵衛。日向守。朝倉義景に仕えていた1568年(永禄11),足利義昭の織田信長上洛依頼に参画した。上洛が実現すると,京都支配に政治力を発揮し,義昭に属しながら信長に仕えた。信長軍として各地を転戦し…続きを読む

●出典
用語集:明智光秀(あけちみつひで)

本能寺の変(ほんのうじのへん)

1582年(天正10)6月2日,明智光秀が京都四条西洞院の本能寺に織田信長を襲い,自刃させた事件。備中国高松城を囲む豊臣秀吉の戦況報告にもとづいて,信長は毛利軍との全面対決を決意。みずからの出陣とともに,光秀にも…続きを読む

●出典
用語集:本能寺の変(ほんのうじのへん)

関連記事

この記事が気に入ったらいいね!しよう